2015年5月31日日曜日

2年

2年が経ち

もうここは蜘蛛の巣が張った空き家のよう


でも今日は

また足を踏み入れた。

見てくれている人はいるのか
わからないけれど




ずっと待って

私自身忘れて

意識の遠くに

とても微かだけれど残っている靄

身を置く感覚が

どれだけ鈍っているか今わかる

言葉にも慣れない

これが朝靄だと良いのだけれど

2013年12月22日日曜日

冬至

どんなに時間がなかろうと
どんなにお金がなかろうと
決めた道をそれを理由にやめたりはしないと思っていても
くじけそうになることもある

休みがなくて
買い物もできなくて
国民の休日や  ボーナスなんてものを
憧れてしまうこともある

必要な道具や本がなかなか買えないのは問題だし

何故わたしはここに立っているのか

わからなくなるなんてしばしば。

だけど、

思いがけないことはそこらへんにごろごろあって、

去年のわたしが思いもしない日常が待っていた。

自分が決めなきゃならない時、
その時にはその時々、何かしら決めてきたのだ。

そしてその時というものを自ずと察しているのだ。

そして、今は その時ではないのだ。


冬は少し判断を鈍らせる

なかなか   へこたれそうになる身体と心を

引きずり回してちょうどいい季節

2013年11月13日水曜日

細雪

人に迷惑をかけまい

かけたときの胸の締めつけが

一番苦しいからだ

でもその事態は大小問わず

関わる人間がいれば起きるのだ

わたしはその時

プライドという

ドス重いものに潰されているぺちゃんこの

弱者になるのは

成熟までいかぬ青いトマトなのであって

熟れるまでに腐らぬか恐れている身だからだ



一番の憂いは何なのか

そして耐え得る憂いは

2013年9月1日日曜日

草を撫でて歩くように

虫や怪我を気にしながら。



真っ直ぐに伸びた草を羨み

撫でた緑の隙間から見える世界に

心奪われながら。


はじめて歩くはずの道は

すでに草が分け目を作っていた



想像の中には

常に比喩や置き換えが生じている


みた事も無い場所に辿り着きたいが為

2013年7月28日日曜日

紺青


自転と公転を両方しなくてはならないことを

わたしはしっかりと理解してるだろうか


2013年7月16日火曜日

すべて道半ば。

いまはそれに尽きる。

だけれど本当に

わたしの在り方というものが

手織物のように

1本1本打ち込んで打ち込んで

出来上がっていく感覚だ

まだまだ

そしてどこまでも長い

面白すぎる呼吸




最近気にしていることといえば

手の動き=所作

黙る事と話す事





2013年6月29日土曜日

餡子

わたしがアンパンマンの代役だったら

顔の代わりになにをあげられるかな。

くだらない例えだけど、本気で考えるのでした。